京丹後市網野町の株式会社魚政が営む鮮魚店、「京都丹後 海鮮の匠 魚政」。60年以上に渡り、この地で魚屋を営んできた歴史あるお店。店の前の道は地元の中学生・高校生の通学路でもあり、魚政の大きな看板は長い間人々が行き交うのを見守ってきた。魚政では一年を通して四季折々の海産物やその加工品を販売しており、その中でも特にこだわっているのが、京丹後の冬の味覚である松葉ガニだ。約30年前にいわゆる「カニブーム」が始まった頃から現在に至るまで、山陰で獲れる松葉ガニについてさまざまな知識と経験を積み重ねてきた。代表取締役の谷次賢也さんに、長年扱ってきた松葉ガニへの思い入れやこれまでの道のりについて伺った。
谷次さんの魚屋への道
子どもの頃から、母キヨさんが営む魚屋に遊びに行ったり、魚を仕入れに行く父に付いて行ったりと、日常にいつも魚屋の風景があった。しかし、店の後を継ぐことを若いころから決めていたわけではなかったという。「高校卒業後は、全くの異業種に就職した。この店を継ぐ最初のきっかけになったのは、兄が始める魚屋のために勉強をと京都市内の当時一番の魚屋に3年間務めたことかな。そこの親父さんがとにかく厳しい人で…」と話す谷次さん。その魚屋は全国の魚を扱っており、魚の知識はもちろん、商売のやり方や接客の仕方まで、幅広く身につけることができたという。そこで3年間働いた後に地元へ戻り、実家の魚屋を手伝うことになった。
谷次さんが主に担当したのは魚の仕入れだった。京都市で身に付けてきた魚の目利きや扱いに関する経験や知識が丹後の地で活かされ、次第にその面白さに気付いたという。その気持ちは、多くの魚を仕入れる父の姿を誇らしく思う幼い頃の子ども心と重なった。決して最初から目指していた訳ではなかったものの、そうして現在の谷次さんが営む「魚政」への道が続くこととなった。
カニブームの始まりと現在
谷次さんが家業に携わるようになった頃、丁度日本で「カニブーム」が巻きおこる。「もう本当にカニの価値が大きく変わっていったね。たまに旅館に卸したり、贈答品としてちりめん屋さんが買うくらいだったのが、一気に一般の人の手にも渡るようになった」その一番のきっかけは、1987年の舞鶴若狭自動車道の開通。関西を中心に、カニ目当ての観光客が京丹後にも押し寄せるようになった。
そしての流行の中、ブランディングの一環として「タグ付き」のカニが出回るようになった。外国産の冷凍ガニも多く扱われていた当時、産地を記すことでその貴重さや新鮮さを多くの店がこぞってPRした。特に京丹後市丹後町の間人港で水揚げされる「間人ガニ」は、漁獲量の少なさや育つ環境の良さから”幻のカニ”とうたわれ、現在でも全国的に有名なカニとなっている。
流行が始まった頃は、カニの育つ土壌の知識も、良いカニを目利きする技術も全く無かったという谷次さん。「最初は、丹後産のカニなら間違いなく全部最高の品質で美味しいに決まっていると思っていたよ」その中でも特に良いものをお客さんに届けたいという思いで、カニについての勉強した。そうすると、どうしてこの丹後の地のカニが美味しいのか、どういう状態のカニが一番美味しいのかということが分かるようになった。
2020年、魚政独自のブランド「魚政BLACK」が始動する
カニに関する知識と経験が増えるにつれ、「水揚げされる漁港と品質は必ずしも一致しない。大きさや身詰まり、脱皮からの年数等の条件が揃っているかどうかが重要だと考えるようになった」と、自分の目利きで品質を担保し、カニの仕入れ・販売を長年行ってきた谷次さん。「魚政の確かな基準で選ばれているという証をカニに付けて保証したい」との思いで、そして2020年、念願の自社オリジナルのブランド「魚政BLACK」を誕生させた。
「魚政BLACK」は、魚政が扱う松葉ガニの中でも、最も納得できる品質だと確信しているものに付けられる。仕入れる漁港に関わらず、谷次さんの目利きの基準で選ばれたカニのみに付くタグだ。「うちにリピートのお客さんが多いのは、信頼し、毎年楽しみにしてくれているから。その気持ちに応えたいのでね」と話す谷次さん。都市部から毎年買いに来てくれるお客さんが、魚政が良質なカニを届けてきた何よりの証だ。
手軽で贅沢な「セイコガニの甲羅盛り 蟹の宝船」。シーズン中に手作りで3~4万個製造!
こだわりの出汁で茹で上げた茹で松葉ガニや、鮮度抜群の活けガニもおすすめだが、特におすすめしたいのは「セイコガニの甲羅盛り 蟹の宝船」。最初は取引先の旅館に作れないかと相談されて作り始めたが、今となっては魚政を代表する人気の商品となっている。
セイコガニ(※1)の魅力はなんと言っても濃厚な内子とプチプチとした食感の外子。全体に出汁が染みわたっていて、お酒との相性が抜群。オスの松葉ガニより小さいものの、足にもしっかりと身が詰まっていて、カニの旨味を贅沢に味わえる。また、捌くのが苦手、捌いたことがないというお客さんでも手軽に贅沢に食べられるのが、この甲羅盛りの最大の人気ポイント。魚政のカニ鍋セットにもこの甲羅盛りが付いていて、「カニ鍋のシメの雑炊にこの甲羅盛りを添えてほしい。カニの旨味がものすごくて、本当に贅沢な一品になりますよ」と、谷次さんがその日一番の熱量でおすすめしてくれた。
食べる四季を感じに、京丹後へ来てみてほしい
「魚屋をしていて一番面白いのは、海にもはっきりとした四季のめぐりがあること。魚は季節になると毎年きっちりやってきて、きっちり帰っていくから毎年楽しみで、本当に飽きない。京丹後のいいところだね」と谷次さん。地域で獲れた海鮮や野菜を、その地で食べられるという贅沢は他にない。京丹後のものを届けていくことで、それを生むまちも人も豊かになってほしい、と話す。確かな目利きと丁寧な手作業をされている魚政に、ぜひ足を運んでみてほしい。いつでも活きのいい魚たちと、明るく熱心なお店の皆さんが出迎えてくれるはず。
(※1)セイコガニ
メスのズワイガニのこと。地域によって、セイコガニ、セコガニ、コッペガニ、コウバコガニなどと呼び方が異なる。茹でて内子・外子を味わうのが主流で、地元の人々はよく家庭で食べている。