〝日本酒への入り口となりたい“熊野酒造の想い

京丹後市久美浜町、かぶと山のほとりに位置する熊野酒造有限会社。酒銘である「久美の浦」は、蔵の前に広がる静かで美しい久美浜湾から命名されている。その海面には、春には山桜を、秋には紅葉を映し出し、四季の移り変わりを告げる。「久美の浦は、代々受け継いできたその味で地元の方々に愛されてきました。その味を守りながら、新たなステージにも挑戦していきたい」と話す4代目蔵元の柿本達郎さんに、お話を伺った。

「杜氏の独り言」のラベル
ふるさと納税に出品の「杜氏の独り言」のラベルの文章は、実は毎年変わっている。毎年集めるファンもいるそう。

塾講師から杜氏へ

子どもの頃から実家である酒蔵で、雑用を手伝うこともあった柿本さん。家業を身近に感じながら育ったが、進学の際には「蔵の後を継ぐ」という意思があったわけでは無く、好きだった化学を勉強するため工学部に進学した。「社長である父からも、好きなことを学んで好きなことをしたら良い、と言われ育ってきました」と柿本さん。就職活動の時も、多くの友人が志望した企業の技術職に就くよりも、学んできたことを教えたいという自分の思いを優先し、塾講師一本に絞った。

酒蔵を継ぐきっかけになったのは、大学院を卒業し静岡県で塾講師になって3年が経った頃、それまで熊野酒造で酒造りをしていた杜氏が高齢のため引退する、という話になったことだった。「酒造技術の継承のことを考えると、今しかない。帰ってくる気があるなら、今だぞ」という父の言葉に最初は悩んだが、自身が塾の生徒たちに頼られ喜ばれる存在になっていることと、父が酒造りで地域の方々に喜ばれ親しまれていることが重なり、「すぐ帰る」と決意。2011年の春に京丹後へ帰ってきた。

酒造りに関して右も左も分からない状態だったという柿本さんは、「自社の杜氏の方法が100%正しいと信じて、全て真似て造っていましたね」と話す。3~4年かけて自社の酒造りの基礎を身に付け、4年目には自分が杜氏となり酒造りを指揮することとなった。”杜氏”としては酒造りの経歴が浅い中、”自信が無い”という思いと”やっていかなければ”という思いで、柿本さんの酒造りは始まった。

酒粕を詰める作業

酒粕を詰める作業。「これは昨年度の造りのもので、かなり熟成しています」

先代の酒造りと自分の酒造り

教わったように造ればとりあえず形になるお酒。酒が出来上がるのと同時に、それでいいのだろうかという思いを拭えなかった。というのも、柿本さんは先代の杜氏から酒造りを学びながらも疑問に思うことがいくつかあったからだ。「昔ながらのこの方法は、現代にはそぐわないな」「今の時代に好まれるお酒も研究した方が良いのでは」そういった考えをひとつずつ自分なりに酒造りに反映した。酒の味について勉強するため、飲食店を回って様々な日本酒を料理と合わせて飲み比べた。「どうしてこの酒を置いているのか」と飲食店の店主に尋ねたり、「あぁ、この料理との組み合わせ良いな」と気付いたり。また、酒造りの工程の一部や使用する道具を変えてみたりもした。手探りながらもその根拠を大切に考えて、自分が造っていきたい酒の味を模索してきた。

酒瓶やラベルも工夫した。お酒のイメージや売りたい相手のことを考えて、思い切って書道作家に絵を描いてもらうなどしてより印象に残るものを作った。そのようにして、引き継いだ技術と味を大切にしながら、少しずつ自分ならではのこだわりを酒造りに重ねてきた。

酒造りに関しては、蔵人とのチームワークを一番大切にしている柿本さん。酒造りが始まると、朝食は蔵人みんなで朝食を取り、同じ時間を共有することにこだわる。「私たちの想いを味にするには繊細な作業が必要で、これは人の手でしかできないこと。仲間たちと想いを一つに手を動かすことで、一歩一歩求める味に使づける」と話す。

「杜氏の独り言」は、焼魚や刺身等の魚の脂との相性がおすすめ

「杜氏の独り言」は、焼魚や刺身等の魚の脂との相性がおすすめ。

この先どんな人に手に取ってほしいかを考えたとき、まだ日本酒をあまり知らない若い人に向けて売っていきたいと考える柿本さん。「酒屋に行くと、美味しい酒はたくさんある。小さな瓶でもいいからいくつか買ってみて、お家のいつもの料理で飲み比べてみてほしいですね」。

ニーズを知り、ニーズに合った酒造りを日々考え、日本酒を楽しむ入り口として飲みやすいアルコール度数が低めの日本酒も造ってみたいと意欲的だ。「美味しさを守りながら実現することが出来れば、将来日本酒は今よりもっと広く手に取ってもらえるんじゃないかな」技術を引き継ぐだけに留まらず、お客さんを想い工夫と努力を重ねる熊野酒造のお酒を、まずはお家で一杯呑んでみてはいかがだろうか。

熊野酒造の皆さん

熊野酒造の皆さん。想いを一つに酒造りを行なう。

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